日本では、最近フィッツジェラルドは村上春樹御用達アメリカ作家の趣がありますが、アメリカに長く住んで、アメリカ人と長く付き合うにつれ、この作家がどれほどアメリカ人の気持ちに深く痛く通じていた作家かがしみじみとわかってきます。アメリカ人はやはり成金である自分を恥じています。何ともいえない気分になるみたいです。先祖は立派なヨーロッパ人だったのに、自分はこんな新開地に来て、お金はあるけど何だか寂しいなあ・・って思うみたいです。フィッツジェラルドは若くして人気者になり、お金もじゃんじゃん使って遊びまくった人です。そして憧れのパリだか南仏だかで楽しいような哀しいような思いをした。
こういう成金の哀しみを書かせたら、この作家の右に出る人はいません。村上春樹の功績は日本の80年代、つまり黄金のバブル時代から、こういう将来は日本人のものとなるであろうところの成金アメリカ人のメンタリテイーに早くから注目していた事です。現在、村上春樹はアメリカを含め、アジア、ヨーロッパでも読者を増やしていますが、こうした資本主義世界共通の成金の哀しみ、そして金持ちの鈍感について書ける稀有の作家だからではないかと思います。
フィッツジェラルドの「バビロン再訪」。この作品ぐらいこの痛烈な感傷を描いて成功した作品はありません。悲しい。そして実に美しい。涙が静かに流れて、甘く唇に残る。そんな作品です。
最初読んだ印象としては、海外の著者の作品は文化的に違いがあり深いい部分で
理解できていないのかなということでした。
しかし終わったときには満腹感でいっぱいというか、日本の小説と同じように味わ
えたように思います。
翻訳者によって洋書の印象は様々に変わってしまいますが、野崎孝さんの訳は、
フィッツジェラルドの意図するところをうまく表しているのではないかなと思います。
各短編の楽しさ、つらさ、明るさ、暗さ、暖かさ、冷たさなどがうまい具合に表現
されていますよ。
フィッツジェラルドの作品が好きな人、のみならず全ての海外作家のファンにとって最も気がかりなのは訳の出来不出来ではないでしょうか。どんなに素晴らしい作品でも訳が最悪ならその輝きも半減してしまうものです。しかしこの本の訳は最高、とまではいかないまでも中々素晴らしいものがあります。少なくとも村上春樹ばりにフィッツジェラルドの作品に愛情を持って訳してくれているのがひしひしと感じられます。
で内容はというと、三つの要素が同時進行する極上のエンターテインメント作品「メイ・デイ」から、後のギャツビーにも通じる「冬の夢」、最大の喪失を描く「金持ち階級の青年(リッチ・ボーイ)」、そして自分が個人的に最高傑作だと思っている「バビロン再訪」まで網羅されているのでもちろん言うことありません。特に集英社版の拙い訳でしか読めなかった「メイ・デイ」が生き生きと蘇っているのが自分としては特別にうれしい。
その他、最初期の作品「リッツ・ホテルほどもある超特大のダイヤモンド」や晩年期の「狂った日曜日」も収録。前者はちょっと神話っぽくておかしかった。こういう作品も書いてたんだなぁと意外な発見がありました。