夢を食った男たち―「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代 (文春文庫)の写真 画像 クチコミ!! |
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『夢を食った男たち―「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代 (文春文庫)』の検索結果は[ 全 1件 ]
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70年代のアイドルは永遠に 夢を食った男たち―「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代 (文春文庫)
ゲームもなく、携帯もなく、コンピューターもあまり無かった時代に、若者が熱中したアイドルを、スター誕生という番組を通して、その実質的な生みの親である阿久悠の目を通して描いた作品。
森昌子、桜田淳子、山口百恵、ピンクレディーと続くアイドルたちの列伝は、同時代を生きた人間にとっては懐かしい。特に、山口百恵との間の緊張感のあるエピソードは、興味深いものがある。 時代を演出した人たちの物語。 夢を食った男たち―「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代 (文春文庫)
面白かったですねぇ。著者は、まさにアイドル時代をこの世に作り出した人であったのですね。森昌子、桜田淳子、山口百恵の中3トリオの登場によって、スター誕生の時代がやってきますが、この番組を作り出したのは、まさに著者の拘りと直観によるものでした。60年安保が終わり、青年、少年の時代から少女の時代の到来を予感した著者は、スター誕生を発想します。日本TVが制作しますが、当時圧倒的な存在であったナベプロとの確執が背景にあったそうです。ナベプロ抜きの歌番組を作ることを画策したTV局が著者に依頼。歌合戦のような喉自慢ではなく、キラキラしたストーリーを持ったシンデレラを生み出す番組。暗中模索の中、著者が最初に見たその輝くスターとは、桜田淳子であった、と語られています。頭に描いた理想にピタリと当てはまる応募者が登場したことで、これは行けると確信したようです。次々と伝説を作りながら、目の前にでスターが生まれ、育ってゆく姿をTVの前の視聴者も見守りながら70年代を作り出していったのですね。その演出をしたのは、阿久悠、その人でした。著者は、もともと広告代理店でTV番組の企画などをしていたというスタートに少し吃驚しました。ビートルズ、長嶋茂雄、石原裕次郎が自分のアイドルと。この憧れを抱く感覚が、次の時代のアイドルに繋がっていたように思います。山口百恵やピンク・レディーが必ずしも、登場した瞬間にキラキラしていたわけではなく、合格してデビューする間に、別人のようになって、成功がさらに大きくしていった様子など生みの親なればこその視点が印象的です。興味の尽きない本です。
1970年代の歌謡界を知るためには必須と言えるようなエピソードが満載 夢を食った男たち―「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代 (文春文庫)
生涯に5000曲ほどの素晴らしい詩を綴ってきた阿久悠氏の残した自伝のような歌謡曲史であり、昭和に花開いた歌謡曲の黄金時代を見据えた世相史でした。業績の素晴らしさとは別に、その裏にある屈折した思いや売れなかった頃の悔しさが見え隠れしました。数多くの大賞受賞の作詞家と言えども苦節の時代を乗り越えてきたわけですから。
阿久氏の作詞家生活を読み通すことで、歌謡曲が国民に愛され、日常の大きな話題に成り得ていた70年代の熱狂ぶりを追体験できるようになっています。 特に日本テレビ番組の「スター誕生」にかける思いは強烈で、第3章の「スター誕生の時代」で創成期の苦労話が展開してありますし、第4章の「ピンクのモンスター」という章で展開しているピンク・レディーを育てながら、時代を動かすような大きなうねりを作り出した共同作業が赤裸々に綴られています。 第5章の「GSの旗の下に」でのGSブームとの関わりの中で登場するグループとメンバーはあの時代を知る者として懐かしいものでした。 第6章の「鎮魂歌を歌わないために」では、1966年6月のビートルズ来日公演への屈折した思いや、沢田研二の一連のヒット曲の思い出など、興味深い話が並んでいます。勝負曲であった筒美京平作曲によるズーニーブーの「ひとりの悲しみ」が売れなかったため詩を書きなおして、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」になったエピソードもまた有名ですし、ヒット曲の運命というものを知ることになります。 本書は1993年6月に毎日新聞社から同名の単行本として出版され、1997年8月に道草文庫となり、氏が鬼籍に入られた後に文春文庫から再発売されたものです。 いつまでも歌い継がれる“詞” 夢を食った男たち―「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代 (文春文庫)
93年毎日新聞社から単行本として刊行された作品の文庫版。60年代のGSブーム、スター誕生の誕生から全盛期に至るまでを、当事者である阿久悠自身の視点で描いたドキュメント。アイドルの卵がスター誕生に出演、その後脚光を浴びるまでの彼と彼女達のかかわりなどを、彼女達の若かりし頃を思い出しながら懐かしく読むことができた。
しかし、全編を通じてもっとも印象に残ったのは、そういったことではなく、阿久悠のもつ暗さ、言いかえれば負のエネルギーだった。 阿久悠は、間違いなく昭和を代表する大作詞家の一人だ。そして彼は芸能界において“権力”を持ち得た人物の一人のはずだ。だが、この作品の行間から漂ってくる匂いは、認められたいと思い続けながらも果たせず不満や鬱屈を抱えたままの売れない作詞家のそれだ。彼が時代の寵児となったときを描いた部分でさえ、その匂いは文章や行間から消えることはなかった。 印象的な箇所があった。彼は70年代前半に“その気になって”から3年連続でレコード対象の作詞賞の受賞を逃してしまったのだが、一年目の受賞者である「なかにし礼」についてはその仕事ぶりを認め、しょうがないと諦めるのだが、二、三年目の受賞者に対しては名前と曲名だけは挙げるもののコメントはまったくしていない(p214)。 真意はわからないが、わたしはそれを単純な阿久悠の負けず嫌いからでなく、“なんでこの詞にオレの詞が負けたんだ(負けなければいけないんだ)”という鬱屈した不満がこの作品の執筆時に甦り(もしかしたら20年間忘れることなかったのかもしれないが)、こういった文章を書かせたのだと解釈した。 才能を持ち、芸能界で輝きを放つ人物は多くいても、その輝きを持続できるのは選ばれたほんの一握りの人物だけだ。阿久悠は間違いないその一人だが、その源泉となったのは才能だけではなく、この負のエネルギーだったのかもしれない。 阿久悠ならではの当事者ドキュメント 夢を食った男たち―「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代 (文春文庫)
章立ては時系列ではないが、GSブームから、ナベプロ・日テレ戦争、スター誕生の時代、ピンク・レディーブームまでを、“主観のドキュメント”、“ワン・カメラのドキュメントとして書いたもの”。まさに“ナベプロ帝国斜陽化以降の歌謡界をワンカメで押さえることが出来るのはこの人だけ”っていう阿久悠ならではの当事者ドキュメントである。
1992年夏、バルセロナ・オリンピックでアイドルとなった岩崎恭子と、かつてのアイドルで当時統一教会の広告塔として叩かれまくっっていた桜田淳子の対比が導入部となっている。あの時点からですら、すでに15年近くが経過していることに唖然とし、“歌謡曲の時代”あるいは“昭和”というものがすでにとっくに終焉を迎えた存在であることにあらためて気付かされる。 阿久悠は書く。「1970年代には、まだサクセスという言葉が、光り輝く幻想としてあった」「1980年代も半ばを過ぎると、サクセスは幻想でなくなり、計画にすぎなくなる」。確かにその通りだろう。現在がその延長線上にあることも。ただ、サクセス幻想とかヒーロー願望は人々の心の底に燻ぶっていて、オウムとかヒルズ族とか、歪んだ形で表出する。大体、大衆から分衆、小衆の時代、あるいは大きな物語から小さな物語の時代なんて言うけど、ほんとに、そんな進化論的に、時代は変節したんだろうか。特に、それはGSもスタ誕もPLも知らない平成の子供たちに問いかけてみたいし、そういうことでは「懐かしむつもりはない。情熱とか狂気とかが、何故か日常的に存在し、それが夢につながっていた時代は、検証の価値がある」という本書の意味は、初版出版後10数年経った今でも変わらないのかもしれない。
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