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日本ノ霊異(フシギ)ナ話 (朝日文庫)
伊藤 比呂美
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話としてはおもしろいのですが・・・ 日本ノ霊異(フシギ)ナ話 (朝日文庫)
あとがきで伊藤氏本人が書かれているが
『日本霊異記』とはまるで違います。
『日本霊異記』を意識して読んでしまい、
すこしがっかりしてしまいました。
よく言えば、それだけ自身のものに
されている、ということなのですが、
現代語訳ではない、ということを
しっかりと理解した上で読まれることを
お薦めします。
そして、この本を読んで少しでも
日本霊異記に興味を持たれた人には
ぜひ、原文を読んでいただきたいです。
即物的に本性を提示し、教訓を垂れない 日本ノ霊異(フシギ)ナ話 (朝日文庫)
景戒(きょうかい)は「日本霊異記」を書いた作者として、馴染みにくい堅物と見られているかもしれない。ところが、本書は、この作者の手玉に取られて、愛欲をテーマに語る破戒僧(?)として歯に衣着せぬ語り手となる。
「ブッダの最後の説教」として五欲があり、その本体は「空」であるという教え。それを知っていれば、快楽などあるはずはない。しかし、どうしようもなく、愛欲に身心を焦がされる。その種々相を即物的に、ずばり、ストレートに書き流しているのである。ここには、情緒纏綿たる文学的虚飾をあえて忌避した、淡々たる行為そのものを述べて憚らない。
「西暦でいったら七八七年」と大見出しを冒頭にかむせてはいても、実話としてではなく、昔話、夢物語としての語り口にして、実は人間本然の姿をさらけ出そうとはしている。この語り手の姿勢は巻頭に「景戒です。ヒツジのようにおろかな僧としていきております」巻末に「わたしくしは、ヒツジのように愚鈍で頑迷です」とことわっているのは、どういうことなのかということである。「因果の理」を知り、「修行」しなければならないというのが結びである。
人間がその性をもてあまし、どうすることもできない姿をありのまま提示して、教訓など垂れないのが、本書の言わんとすることかもしれない。