全ての働く人に 過労自殺と企業の責任
働くとはどういうことか、ということを考えさせられました。
働くということは、人格、そして命まで委ねるということではないと思います。
それにより生きるための糧を得、また、(きれいごとは承知ですが)社会の一員としての自己を形成するためのものではないでしょうか。
正直、社会保険庁や旧国鉄の労働組合の主張には批判的な考えを持っています。でも、働く人が会社(お役所も含めて)という組織から、自分を守り、周囲の人を守るためには、団結と知識が必要なのだと痛感しました。
格差社会拡大の中で、過労自死は増えていく 過労自殺と企業の責任
過労自死の例が具体的に豊富に記され、その判例についても詳しく解説されており、最高裁ですら労災認定や企業に対する損害賠償責任が課せられた判例を、出さざるをえない現状がよくわかります。
しかしそれでも尚、電通のように深夜0時を過ぎる残業後の退社を管理カードを使わず行うという潜在化を始め、安全配慮義務に無関心な企業が多数あるのも事実です。
死んだ後に遺族が読むのではなく、働いている本人が読み、自死へつながるうつ病の兆しがある初期の段階で声をあげなければ、これからも職場を原因とする自死は減少しないでしょう。
事例、データ、そして判断 過労自殺と企業の責任
第1章に示された多くの事例。OL、営業マン、医師、野球スカウトなどなど。その多彩な事例が共感を生む。どれか共感できる事例をじっくり追えば、この本のメッセージはつかめたことになるのだろう。
続いて、自殺に関わるデータが示される。その数の多さだけではなく、その背景に関わるデータも示されている。そのデータとともに、特徴的な事例や基本的な考え方が記されている。
最後の第3章では、労災に関わる判断のポイントが示される。いくつかの判例も示されて、一貫性の得られている部分と、揺れや変化を伴う部分を感じることができる。また、企業の賠償責任をどう考えるか、その基本的な考え方も示される。不勉強な私にとっては、とても学ぶことの多い章だった。
自殺に関わっている人や、企業で人事やメンタルケアに関わっている人なら、読んで得ることは多いと思えた。